元営業マン、カメルーンで教師になる

1994年26歳 求人広告/営業・ライター業務を経て退職。青年海外協力隊員としてカメルーンの小学校に勤務。充実した活動をアピールするよりも、現場経験のない自分が体当たりでどこまでやれるのか、そしてその中で感じた素直な気持ちを書いていきたいと思います。趣味はお茶と登山。

少しずつ変わり始めた

活動のお話。

最近はこの前の調整員や事務所長含めた会議の

意義が少しずつ見え始めてきたと感じています。

 

嬉しいことに、

会議の翌日、出席した校長先生たちが

先生を集めて会議の内容をフィールドバックし

改めてボランティアである自分と一緒に授業を作っていくと強調してくれました。

 

そのお陰でもあり、

最近は先生が嫌がる定番の体育も手伝ってくれるようになりました。

(このまま続きますように)

 

 

しかし、

あくまでも一緒に活動をする事が強調されすぎて、

その目的となる先生を通して授業スタイルを普及させるという根の部分までは、

先生たちには落とし込めていない印象なので、

今後もしつこく頑張っていく必要がありそうです。

 

 

また会議によって、

教育事務所の多くの職員に顔が広まり、

また受け入れてくれる体制が整いつつあります。

 

彼らはぼくに対して頻繁に、

「On est ensemble みんなで一緒に」

と言った言葉をかけてくれます。

 

特に事務所長や、

その下の役職持ちの職員のグリップが強くなり、

かなり意見を言いやすい環境になったと個人的には感じています。

 

 

一方で新しい動きとして、

新たに活動先である学校が2校増えました。

自分の本意としては狭く深くを大切にしているので、

当り散らしを懸念して絞った活動をしていましたが、

事務所長やその下の副事務所長のような方の熱望によるものです。

 

従って、新しい学校に関しては

過去の隊員も活動していない場所のため

またゼロからのスタートとなります。

 

しかし特に副事務所長が、

現場の小学校に対してJICAボランティアの存在意義をしっかり伝えてもらっているため、

比較的滑り出しは悪くなさそうです。

 

 

このように、

あの会議によって互いの意見を擦り合わせ、

ようやく同じ目線で活動ができる環境が整いました。

 

正直、

まだこの程度で全く始まっていない状況に

多少の焦りはあるのは事実ですが、

一緒に働くカメルーンの人たちのペースに合わせながら自助努力を促すことが大切なのかな。

そんな風に考えています。

 

 

学校現場の課題は多く、

どれから着手するべきかまだ決まっていません。

 

しかし最近引っかかる悪循環として、

①ぼくが授業をやる

②子どもたちが喜ぶ

③騒いで収拾がつかなくなる

カメルーンの先生が子どもを叩いて黙らせる

⑤静まる

 

そして①に戻る……

 

このサイクルがあるため、

限られた1コマ30分という時間の中で、

自分の授業で狙いとしている部分まで到達できないことが残念ながらほとんどです。

 

平気で嘘をつき、

上手くいかなければクラスメイトを叩く蹴る、

クラスメイトを簡単に売り、

自身の保身を最優先。

 

これが今までまかり通っており、

それを許してしまう環境だったため仕方がありませんが、

日本の子どもと比較しても、

そのあまりの違いに大きなギャップを感じています。

 

 

先生の中には

とても素晴らしい授業や想いを持っている先生が沢山います。

だからこそ、子どものそんな状況を少しでも好転させ、より質の良い環境を整えるお手伝いをしたいと考えています。

 

 

ようやく土俵が整った今、

改めて身を引き締めていきたいです。

 

 

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