元営業マン、カメルーンで教師になる

1994年26歳 求人広告/営業・ライター業務を経て退職。青年海外協力隊員としてカメルーンの小学校に勤務。充実した活動をアピールするよりも、現場経験のない自分が体当たりでどこまでやれるのか、そしてその中で感じた素直な気持ちを書いていきたいと思います。趣味はお茶と登山。

カメで苦しかったときの話をしようか②【言葉の壁】

前回からカメルーン生活で大変だったことを

赤裸々に語るようにしています。

 

第1回はこちら

kyouryokutai.hatenablog.jp

 

 

今日のテーマは【言葉の壁】です。

これは海外に行けば誰しもが経験のあることだと思います。

そして例外なくぼくも言葉の壁に苦しんだ1人です。

正直ぼくは今まで試験のための語学勉強はしたことはありますが、

話すための語学勉強をしたことはありませんでした。

特段英語が得意というわけでもなく、

THE普通レベルのぼくが、

協力隊を機にフランス語を学ぶきっかけになったのは

振り返ると大きな転機だったと思います。

 

言いたくても伝わらないもどかしさ

f:id:kake02:20200811112653j:image

 

会話にはリズムがあります。

「会話のキャッチボール」という言葉があるように、

言葉を相手に投げかけて、それを相手が受け取る。

その繰り返しが会話です。

しかし、カメルーンに来た当初この会話のリズムについていけず

疎外感を感じる日々が続きました。

 

フランス語ネイティブであるカメルーン人の輪に自分が入ることで、

会話のリズムが悪くなる。

相手から気を遣われて話を振られても、

うまく言葉が出てこず、

「ah...OK」と気まずい空気が流れる瞬間を何度も体験しました。

 

大学時代にオーストラリアに行ったとき、

決して流暢ではない英語力でしたが、

なんとなく会話は成立していたし、こちらもなにか言えば相手は理解してくれました。

 

しかしカメルーンではそのようなオーストラリアで感じた感覚がありませんでした。

その理由がなぜか考えてたどり着いた1つの答えが、

「相手が聞く姿勢にあるかどうか」でした。

これは決してカメルーン人が優しくないというわけではないのですが、

ぼくの周りのカメルーン人の多くは「聞く姿勢」というものがありませんでした。

 

つまりぼくと会話をしても、

ネイティブレベルの早さやボキャブラリーで会話をし、

理解できないならそれまで。

そんなスタンスで接してくれる人が多かったです。

裏を返せば、別け隔てなく接してくれたということですが

カメルーンへ来たばかりで語学力にも不安があった自分にとって、

このような環境は正直手厳しく感じていました。

もちろん、ぼくが会話でもたつくのを辛抱強く待ってくれるような

ホストファミリーや理解のある友人もいました。

彼らに支えられた部分は本当に大きかったです。

 

今思うと「結局は未熟な自分のせい」という結論で完結します。

旅行や遊びではない協力隊というプロジェクトの中の業務という環境で飛び込んだからこそ

「頑張ってフランス語を覚えたんだからちょっとは理解してよ〜」

という甘えを一切許さない環境だったのかもしれません。

 

 

弱者として損をする世界

f:id:kake02:20200811112840j:image

 

そんなフランス語力が未熟なぼくだったので、

コミュニケーションが円滑に取れないことによる弊害も生じてきました。

その1つが自分に情報が回ってこないことでした。

 

会話ができないなりにも、

自分を鼓舞して学校の先生達と関わる時間は敢えて増やしており、

何もできなくても多くの時間を一緒に過ごすということを意識していました。

しかし一緒に過ごした時間が長くても、

その時間で流れていた情報をキャッチできていなかったことで、

ぼく自身情報漏れはかなりありました。

 

ある日学校で先生と一緒に翌日午後に行う予定の音楽の授業内容について

話をまとめているときでした。

先生自身も授業内容に関心がありいい雰囲気で打ち合わせを終えました。

しかし翌日の午後、授業予定の教室に行ってみると先生がいない。

しかも先生どころか子どもたちも早帰りをしていて教室には誰もいませんでした。

翌日その先生を見つけたので昨日のことを話してみると、

「あれ、昨日は校長先生の家で懇親会だったから午前中で授業おわったよ」

そんな一言で片付けられてしまいました。

 

・懇親会あるとわかっていたなら、なぜ打ち合わせの時に言わなかったのか

・そもそも懇親会の存在知らないし、呼ばれてない

 

そんなことでショックを受けたと同時に、

またまた疎外感を感じた瞬間でもありました。

 

他にも、

・会話が噛み合わずタクシーで見当違いの場所に連れられ、ぼったくられたこと

・買い物で店員の説明が理解できず、あきれた顔をされたこと

・学校に行ったら休みで誰もいなかったこと

 

そんなことはキリがないほどたくさん経験しました。

結局は、

→言葉が理解できない

→情報がキャッチできない

→余計な手間や不利益を被る

この負のサイクルを繰り返してしまっており、

苦労してしまいました。

 

【語学はパッションで伝わる】

そんな言葉もありますが、

ぼくはこの考え方は先程の経験から少し否定的です。

少ない抽象的なボキャブラリーだけで会話を押し切ろうとすると、

一見伝わったように錯覚しますが、

それは相手に解釈を委ねてしまうため詳細なすり合わせが難しくなります。

また聞く姿勢のある優しい人であれば伝わるかもしれませんが、

すべての人がそんな優しさの塊でできているわけではなく、

むしろ優しい人が希少かもしれません。

 

そして一番は語学ができないことは、

「コミュニケーション力が欠如している」

そういう捉え方をされるカメルーンでは、

このような悔しい経験をたくさん経験しました。

 

 

【まとめ】言葉の壁を克服するために

f:id:kake02:20200811114051j:image

 

このような自分の経験から、

言葉の壁=情報の差でありそれによってコミュニティに入り込めず

疎外感を感じてしまうということがわかりました。

 

語学勉強は、

たくさん勉強したからといって次の日に劇的な向上が見込めるものでもなく、

だからこそ自分の成長を実感しづらく継続が難しいのだと思います。

 

カメルーンにいる間は、

情報で取り残されたくない一心で必死にならざるを得ない環境のおかげで、

少しずつ会話ができるようになった実感を感じることができるようになりました。

また会話ができることでカメルーン人のコミュニティに溶け込めた小さな成功体験が

ぼくの自身に繋がった体験もしました。

言葉は手段であって目的ではない。

語学勉強を通してどうしたいのか、

これらの経験から、試験のための勉強を辞め

手段としての勉強を始めました。

それでもまだまだ自分自身フランス語は不自由であるため、

もっと努力する必要性を感じています。

 

以上が今日のテーマである言葉の壁でした。