元営業マン、カメルーンで教師になる

1994年26歳 求人広告/営業・ライター業務を経て退職。青年海外協力隊員としてカメルーンの小学校に勤務。充実した活動をアピールするよりも、現場経験のない自分が体当たりでどこまでやれるのか、そしてその中で感じた素直な気持ちを書いていきたいと思います。趣味はお茶と登山。

日本に帰国しました

日本時間の4月1日に、

成田空港へ到着し帰国することができました。

 

 

突如JICAから一時帰国が言い渡されてから、

任地を離れ、

都ホテルでの待機生活など2週間の出来事でした。

 

こうして無事に帰国できたのも、

相次ぐ不測の事態に柔軟に対応して頂いたJICAをはじめ多くの方々のおかげでした。

空港から自宅までは、

公共交通機関を使わない方針から父親がわざわざ迎えにきてくれました。

 

本当に皆さんに感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

 

今後の予定は、

14日間自宅にて隔離生活を行います。

限りなくコロナを持っている可能性は低いですが、

空港など人の出入りが多い場所を経由したこともあり、

可能性を考えてのJICAの方針です。

 

これは帰国した全協力隊に課されており、

公共交通機関を使って自宅へ戻ることが難しい隊員は、

JICA手配のホテルや施設に隔離されます。

 

 

 

思い返せば、

突然の出来事。

 

 

ぼくが休暇を利用して日本へ一時帰国したのは

年末年始でした。

 

その頃はコロナウィルスもまだ広く認知されておらず、

まさかまた再びこの様な形での帰国になるなど

想像すらしていませんでした。

 

 

コロナウィルスの厳戒態勢が敷かれた空港は、

とても物々しい雰囲気で、

ウィルスという見えない敵に対しての恐怖を感じた瞬間でもありました。

 

 

 

このような緊急帰国だったため、

お世話になったカメルーンの同僚や友達と

直接挨拶する時間はなく、

戸惑いながらの別れとなりました。

 

 

実際カメルーンでは、

日々コロナが拡散してしまっている状況です。

 

3月6日に初めてカメルーンで感染者が確認されました。

それが3月31日時点で193名の感染者に増加。

1ヵ月も経たずして、

爆発的に広まってしまいました。

 

政府はコロナ対策として実施していた、

国境封鎖を含める複数項目をさらに15日間延長する旨を決めたそうです。

 

当然学校も閉鎖で、

今後の見通しが全くわからない状況のようです。

 

 

 

 

しかし、

それは日本も同じでニュースを見て

衝撃を受けました。

 

オリンピックは延期。

学校閉鎖期間が延長されたり、

コロナによる経済ダメージで雇用が減り、

内定取り消しがあると知りました。

 

コロナで苦しむ人々は決して特定の人だけではないため、

著名人の死にフォーカスを当てすぎるメディアに違和感を感じることもありますが、

著名人がコロナにより、

亡くなったことも、

ウィルスの脅威をより一層感じた瞬間ではないのでしょうか。

 

 

 

 

正直カメルーンにいる時は、

アジアの問題として、

どこか人ごとのように捉えていた自分がおり、

ここまでの事態になるなど、

想像もしていませんでした。

 

 

今は1人1人が、

自分の身は自分で守るという強い意志と責任感を持って、

乗り切らなければいけないと強く思います。

 

 

ぼく自身は、

先程言ったように、

14日間は朝晩2回の体温を測り、

体調を毎日JICAに報告しながら、

完全に隔離生活に入ります。

 

カメルーンでも既に1週間以上、

ホテルから外出できない軟禁生活だったため、

決して望んだ隔離生活ではありませんが、

責任を全うしたいと思います。

 

 

早く世界からこの脅威から解放され、

またカメルーンで活動を再開できる日を

願っています。

 

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(ブログは継続します)